浦城跡

浦城跡

室町末期、高岳山中腹にその地形を利用して典型的な山城館が建てられていました。城主であった三浦兵庫守盛永は天正16年(一五八八)、湊安東家と檜山安東家の内紛で湊側に味方し、戦いの末に檜山方に敗れ、浦城は落城しました。浦城跡には守衛所跡や鐘楼跡が確認されています。
平成19年9月には、「浦城」の歴史と文化を後世に正しく伝承し、また浦城祉周辺の自然を保全管理する事業等を行い、併せて、町おこしに寄与することを目的として、NPO法人「浦城の歴史を伝える会」が設立され、活発な活動をされています。
  • 見張台(復元)
  • 鐘突堂(復元)
  • 浦城跡からの眺め